ムッシュ・サンローラン、ヴェロニク・ニシャニアン、ミウッチャ・プラダ、ジャン兄・ヴェルサーチェ、トム・フォード。ファッションヒストリーを最重要視しデザイナーズヴィンテージの文化を最重要視する弊店に中では様々なファッションデザイナーの名前が飛び交いますが皆様の環境ではいかがでしょうか。SURRが出来た約10年前よりは少しは増えたのかな、そうだと良いな。旧時代も含める21年前よりは流石に増えたんじゃないかな。ちなみに私の家庭ではほとんど出ませんし、生まれ育った環境と親兄妹の環境では間違いなくゼロです。以前より少しは飛び交うようになった(と心から信じたい)昨今でありながら、もしマルク・ボアンという名前が挙がることはほとんど無かったとしたら服飾史における存在価値とは非正当であると同時に彼が求めたという意味では正当な結果です。弊店も8年前のDiary176で一度挙げたのみ、何故ならロンドンやニューヨークなどの支社クリエイションではない本国メンズクリエイションなんて一度も出逢ったことがなかったから(90年代の終わりの個体は一度出逢えましたが)。 ゆえに正直言って探してもいなかったし探そうともしていなかった、だって求めても叶わないって買付の旅において相当に厳しい心の傷になってしまうもの、そんな状況でついに出逢えた人生初のChristian Dior Monsieur by Marc Bohanのクリエイションピースは不可思議なデザイン概念と圧倒的な美意識となんとも言えないムードが混在したうえでダンディでありながらモードでもある単純明快に美しい、スタンダードなようで癖に満ち溢れ心地良い衝撃に満ち溢れた一着でした。
ジャン・パトゥやロベール・ピゲといったクチュール界の大巨頭の下で学んだ後1958年にクリスチャン・ディオールに入社してから2年間ロンドンに向けてのクリエイションに携わっていたマルクさん、ムッシュ・サンローランが兵役に招集されたことで急遽パリのアトリエに戻されデザイナーに就任することになったマルクさん、偉大な創始者と天才的な二代目に次ぐ三代目という重責の中発表したファーストコレクション“SLIM LOOK”で人々から絶賛されたマルクさん、そして権力や名声や脚光に興味がなくメゾンを離れる1989年までの三十年間ただひたすらに作品創りに没頭しChristian Diorというメゾンの伝説を継承し続けたマルクさん。そんな彼に敬意を表して近年のコレクションテーマを“Marc Bohan”にするデザイナーがいたり服飾博物館で作品が幾度となく大々的に展示されたりというファッションの本場では名だたるクチュリエやファッションデザイナーと同列で伝説的に語られたとてそうではない世界のみならずファッションを楽しむ世界においてもほとんど語られることはない、そんな現状はマルクさんにとってきっと自然なことだったのでしょう。
ということで弊店もマルクさんからこのレザージャケットに話を移します。テーラードジャケットの形でありながらハーフコートのスタイルバランスを採用しなんとも言えない微妙にオーヴァーサイズな立体造形とナチュラルなフィット感を同居させるまさしくクチュリエ的な設計、それを実現するために配置された厚手なライニングの違和感、極端に短いベントや本切羽仕様というさりげなさ過ぎるデザイン感性、驚異的なまでに美しいディアスキンの素材感、そして全体から醸し出される自然体な美しさ。明るめなブラウンカラーのレザーハーフコートという良い意味でワイルドなムードとホースライディングというタフなスタイル提案は当時のモードシーンにおけるサファリやミリタリーといったワイルドでスポーティーなレディースモードへのレスポンスでしょうか。
New arrival,70s Christian Dior Monsieur by Marc Bohan leather horse riding jacket.
近年人気を博すDior Hommeの言わずもがな前身であったChristian Dior Monsieurは1969年にマルク・ボアンさんによって設立され翌1970年のスプリング・サマーコレクションの“BOUTIQUE MONSIEUR”の発表によって初めて人々の目に触れこの世の中にChristian Diorのメンズウェアがあるという存在が認知されました。
以降はロンドンやニューヨークの支社アトリエにおいて積極的に製作され世界中の男性に愛されましたが、各社の在籍デザイナーによる作品ではなくマルク・ボアンさん本人による本国フランスのクリエイションは私にとってこれが初めてです。
SURR 福留
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当時特に珍しかったカラフルなエキゾチックレザーを用い素材の力で人々を驚かせて評判となったプラダの創始者、その孫にあたるミウッチャさんがデザイナーに就任するにあたって“私もおじいちゃん(創始者)みたいに素材感で皆をビックリさせたいわ”と(丸々言ってはいないけどそういう意味合いを願った、はず)いう想いから発掘されたシルクのような美しさとナイロン特有の強さを併せ持った軍事用素材ポコノを大看板に始まったミウッチャ・プラダというファッションデザイナーの物語とPRADA Uomoという世界において、ちょっとした時空の歪みのような純正のイレギュラーとして極々極々極々極稀に出逢えるシルクプロダクトはポコノを愛し親しむ私を嘲笑うかのような圧倒的で絶対的な素材感と存在感によって心を掻き立てます。そりゃそうだよね別にシルクのような美しさのポコノを看板にしたからといってシルク使わないというわけではないもんね。しかしながら抜群に稀な存在です、PRADA Uomoにおけるシルクプロダクトは。
本日タイミングと御縁があってシルクに深く関わる専門家さんにこのジャケットを見てもらったのですが、いつも温和な御顔が一瞬でキリっと厳しい職人の顔になっていて、長らく御愛顧頂いているのですが初めて目にした御顔がとても印象的でした。このようにその道の専門家に御査収頂いた時に驚いて頂いたり御褒め頂いたり感嘆頂いたりするのが普段の店舗運営とは違った角度かつ普段の店舗運営と同じ熱量で滅茶苦茶嬉しいんですよね。ちなみに頂いたコメントをここに書くことは控えますが、とにかく作りたくないと。きっと氏が感じたことをしっかりと掘り下げれば様々合点がいくのでしょうがファッションヒストリーのセレクションと御提案はやってきたものの服や生地の作り方などは1ミリの知らない私にとってこのジャケットは“良い生地感ですよねぇ”という空虚な10文字で終わるのです。本当に尊敬します、作れる人々。
New arrival,1995-1997s PRADA Uomo pure silk aviator jacket.
空虚な私にとってこれは親愛なる敬愛なすミウッチャさんがUomoの最初期である1995年から1997年に製作したイレギュラーな一着で、当時の彼女におけるスタンダードフィッティングが採用された素直なLサイズ表記で、すっきりとした見た目ながらパデッドライニングによって知的な防寒性が見込め、これらにおいて必ず採用するボンバーの呼び方ではなくアヴィエイターと呼びたくなるようなオリジン的要素が詰め込まれた、なんだかとっーーーーーても良い生地感なシルクジャケットです。
SURR 福留
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弱冠27歳で個人活動を開始し28歳となる1960年に自身の名を冠したブランドを始動させるValentino Garavani氏。言わずもがなイタリアンモードの最古参であり初めてフランスのプレタポルテ・ランウェイで認められたイタリアンデザイナーとして服飾史における重要人物の一人である氏のヴィンテージクリエイションには様々な側面があってユニーク,インテリジェンス,パワフル,クレイジーetc.といつも楽しい刺激ばかりでしたし、それこそモードカルチャーにおける初めてのジーンズを手掛けた第一人者らしいカジュアルやスポーツの解釈はこれまでもこれからも楽しい存在で在り続けますが、Uomoのメインクリエイション/ファーストラインはクラッシックが特に太い軸足になることが多く、それに注がれるヴァレンティノらしいスパイスや色香,それこそ上の写真のような(1967年、この時で35歳)時代を越える不変的なエロティシズムとダンディズムの個性が堪らない世界観ですが、歴代様々出逢ってきた中で御提案してきた中でここまでモダンなクリエイションに出逢うことはついぞありませんでした。
そういった意味ではヴィンテージ・ヴァレンティノにおいてイレギュラーな存在なのかもしれませんが、実物を目の前にするときっと良い意味でヴィンテージ・ヴァレンティノらしいクラッシック感とクラッシックに相応しい適切な重厚感をイメージするくらいパッと見のムードは王道ですが、いったい何が非王道,ここで言うところのイレギュラーを誘発しているかと言うと“軽さを追求した構築”にあります。
THEメンズコート感溢れるウールのテクスチャーにネイビーのカラーリングのクラッシックな重厚感要素が揃っていながらハーフライニングかつ身体への負荷を軽減したオーヴァーサイズ設計という個性。そう、こちらは旅での持ち運びを想定し小さく畳んで持ち運べるようにと構築された通称トラベルコートというプロダクトなのです。近年においてそれらはテクニカルな素材やカジュアルなスタイル性で提案されることが度々あるのに対してこちらは徹底的なダンディズムかつクラッシック。それを正々堂々と様々な角度の感性と職人技術によって軽量化するそのプロセスはまさにモードカルチャーの正攻法でして、モードの正攻法はいつの時代もモダンの最高峰ですからこちらから醸し出されるスタイル性はそれこそアチラさんやソチラさんといった今のモードを牽引するデザイナーズブランドの世界観と適切にリンク。言ってしまえばこちらは“ヴィンテージ・ヴァレンティノです”と言われるより“The R〇wです”と言われた方がしっくりくるというものです。
New arrival,80s Valentino Garavani hail lining pure virgin wool oversized travel coat.
メンズクリエイションにおいてこの世界観,バランス,スタイル性のリアルデザイナーズヴィンテージには出逢えません。それこそモードの本粋であるレディースのクリエイションであれば出逢える可能性は高いですが、そうなるとクラッシック要素が減ってしまいまた一味も二味も異なりますし言うまでもなく女性の身体のための構築です。逆に現代のアチラさんやソチラさんだったら近しい世界観出逢えることでしょう、そっちの方がよっぽど現実的だし効率的,それこそタイムパフォーマンスですね。なので私はこの世界観はこの一着で忘れようと思います。
SURR 福留
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