



これまでにアウター系統だけでも百着弱御提案してきたヴィンテージ・プラダですがレザーコートはこれでようやっと二着目で、五年前の一着目はどなたが御認めくださったかも記憶していてそのままだったら今はロンドンを拠点にしているはずです。それもプレーンで良い意味で着丈が長過ぎない心地良いクラッシックカルチャーを軸足にした極めてミウッチャさんらしい一着でしたが、こちらは2000年代初頭(おそらく2003AW)なのでよりミニマムなシルエットバランス特有のソリッド感が漂っていて、何よりエンボス加工の凄まじい迫力に息を呑みます。ファッションカルチャー全体を見渡しても出逢いの確率が少ないレザーコートですが、じゃあPRADA Uomoの歴史においてレザーコートを製作する機会が少なかったかというとそんなことはなく御存知の通り露骨にレザーウェア好き(サイコー)な御馴染みのミウッチャさんですからコートもある程度手がけているもののヴィンテージにおいての出逢えなさは前述の通り、それはシンプルに手がけてランウェイに登場したとて実際に製作された個体数が、まぁそういうことなんだろうなって。ただでさえハードルの高いレザーウェアでコートってなると、ねぇ?
でもレザーコートが格好良い存在であることは猛烈にシンプルな感情によるで強烈な事実であることは間違いなく、フェチズムMAXなミウッチャさんのクリエイションだと全てにおいての着地点が尋常じゃありません。創始者のおじいちゃんのように素材で人々を驚かせたいという想いからポコノを筆頭に化学繊維に着目したミウッチャさんですが、じゃあおじいちゃんは何の素材で人々を驚かせたかというとレザーということでレザーウェアによる迫力と説得力は原点回帰みたいなもので、その哲学は現代のプラダ・クリエイションにも通じますので昨今においてもやはりシンボリックなのがレザーウェア、そしてその上位個体に(いかんせん結果的に)なるのがレザーコートといったところで、その“質”はヴィンテージ年代であることによってより優位になるというのもまた猛烈にシンプルな感情によるで強烈な事実です。

New early00s PRADA Uomo embossed leather nylon lining minimum coat
と言うことで2000年代初頭のプラダ・レザーコート、上品な濃い茶色にオリーヴのナイロンライニングのコントラストとイタリアンサルトらしい本切羽の構築がまた粋ですね。サイズ表記は54なのですがミニマムな設計なので大き過ぎなくてコートらしいゆったり感と時代性を反映させた特有のシャープでソリッドなモードバランスが融合しているのでとにかく徹底的に綺麗なシルエットバランス、これもミウッチャさんの真骨頂です。
だけどクラッシックでもあってくれるので着こなしやすくて、どこまでいってもとにかくレザーの存在感が凄まじくて全ての角度で“圧倒的”。まいったねこりゃ。
SURR 福留
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まず目を引くのは、身頃から袖にかけて連続する立体的なケーブル編み。 チャコールグレーのウールを用いた表地には、編み模様が縦方向に規則正しく配されており、表面に見られる細かな毛羽立ちがケーブル編みの凹凸と相まって、どこか素朴で温かみのある風合いを生み出しています。 伝統的なニットウェアを思わせるこうした素材感に対し、内側には滑らかなナイロンの裏地を採用。 その間には薄い中綿が配され、ニット特有の柔らかな着心地を残しながら、防寒性にも配慮された仕立てに。表からはほとんど分からない仕様ですが、こうした見えない部分への工夫こそ、粋だなと思います。 フロントには上下から開閉できるダブルジップを備え、引き手にはPRADAの刻印。 袖口や裾には過度な締め付けを感じさせない仕上げが施され、ニットの柔らかさを活かした自然なシルエットに。

サイズ表記は50で、着用してみると身頃には適度なゆとりがありながら、全体としてはすっきりとした収まりの良さを感じます。 クラシックなケーブルニットの意匠を残しつつ、ナイロンの裏地や薄い中綿、ダブルジップといった実用的な要素を取り入れることで、単なるニットウェアとは異なる存在感に。 こうした異なる性質のものを無理なく共存させる感覚には、90年代のPRADAらしさがよく表れているように思います。 個人的には、ブラックデニムと合わせた、飾り気のない着こなしが好みです。 フロントを少し開けてインナーを覗かせたり、ダブルジップを下から開いてシルエットに変化をつけたりと、シンプルな装いの中でも十分に楽しめそうです。
これからの季節に自然と手が伸びる万能な1着だと思います。
SURR 古川
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ようやっと手に入りました、去年の4月ぶり。正直に言って自分が愛用しまくっているどころ“あいつ、あればっかじゃね?”と言われても否定できないくらい着ているので意識し過ぎている感は否めませんが、個人感情的にはこの世のどこに存在しているんだよって文句言っちゃうくらい出逢えない手に入らないのがヴィンテージRenoma Parisのマルチポケットジャケットです。







本当にマジでどこに存在しているんだよと何度思ったことか。出逢えないという意味合いにおいて希少性が高いヴィンテージプロダクトは様々ありますが、ここまで無いのはありません。無いのはありませんって思わず変な日本語になっちゃいましたけど、あってる?出逢えないと言えどなんだかんだで見かけたり運が良ければ国内のヴィンテージショップで出逢ったりで選べる・選べないは基本的に時の運ですが、Renomaのマルチポケットジャケットはとにかく見かけない、出逢えないとかじゃなく見かけない。でも大好きが過ぎる、御提案したい、そして欲を言えば本当に着過ぎているのでもう一着あった方が良い、でも見かけない→じゃあどこにあんの?!→どこにもない、お金を積んでも無いものは無い。この一着は御世話になっているパリのコレクターが見つけてくれました、と言うか前からずっと探していることを伝えていたんです。パリジャンの名作をパリにて確保だなんてなんたる贅沢なんともロマンティック。インターネットが発展して流通経路も発見経路も増え続けている昨今ですが地元に根付いているからこその昔ながらのネットワークには未だ敵いません、多分その“強さ”ってこれからも変わらないんだろうな、そんでじゃあその利を得るためにパリに住もうかとかフランス語話せるよとかの一長一短じゃ得られないネットワークなんですよね。

New 80s Renoma Paris multi pocket cotton jacket
と言うことで福留、着過ぎなレノマのマルチポケットジャケット、微細に異なる様々なバリエーションが存在しますが冒頭のアンディー・ウォーホル着用個体に特に近い一着で微妙に生産背景が細分化される中で個人的に特に嬉しい本国クリエイションです。あとコンディションが特段に良くって水通っていないんじゃないかしら?って感じ、これは嬉しいですね。大好きポイントと着まくって感じたことは多々ありますが例によって感情乗り過ぎて文章にするのが難しそうなのでここでは控えますが店頭ではダラダラ喋っちゃうかもです、御容赦ください。
ところで“誰それ着用”みたいな代名詞ってやっぱり冠しちゃうしなんだかんだファッションカルチャーにおいて付きまとう要素性ですよね、まぁ分かりやすい名刺みたいなものでしょう。ちなみに私はウォーホルが特段好きと言うわけではありません、80年台の著名人ポートレートシリーズみたいなのは好きですがそれ以外の作品も普通って感じです。でもこれらの着用ポートレートは似合っていると思うし、ギアとして愛用している感が漂っていてとっても素敵だと思います。と言うことでかのウォーホルも愛したレノマのマルチポケットジャケットです。
SURR 福留
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