とにかく痺れた。南イタリア僻地のコレクターの下で出逢った一着のレザージャケットは本格的なレーサー仕様なようでそうでない、ヴィンテージらしさ満載で在りながら絶妙にモダン、そしてカテゴライズが難しい,しいてするとしたらオンタイムのモードシーンに当てはまるような爆発力に満ち溢れた存在感と世界観を有していたのです。
“なんだこの赤と白の滅茶苦茶キテるレザージャケットは”。初見の衝撃は以前にロンドンで味わったBest Companyとの出逢いを彷彿とさせながらもそれとは一線を画すファッションの香りとモードの気配でして、アノニマスの濁流に埋もれそうなところをコレクターの“リー・トレヴォーって知らない?”という一言が見事に掬い上げてくれました。バイカーカルチャーがより旺盛を極めた70年代にフランスで産まれ盛り上がったからこそ短命に終わってしまったことで一部において伝説的な存在として知られるLee TREVOR、このエピソードもまた西海岸のアチラさんを連想せずにはいられません。モーターサイクルとリアルクローズ及びファッションが近づきやがてモードとリンクするきっかけを創ったそれらのカルチャーですが、その当時業界内で禁忌的な扱いであった他カルチャーのサンプリングを唯一行っていたのがLee TREVORでして、しかしながらある種反則とも言えるその行いは過去の作品群から着想を得ることで歴史を繋いできたモードの本国フランス出身であるトレヴォーさんにとってはことはごくごく自然だったのだろうと思います。
Stewart,スチュアート。レーサー本人の名前でしょうか、それともレースチーム前でしょうか。バイカーカルチャーに軸足を置きつつオリジナリティを探求したトレヴォーさんは当時においてアメリカンスタイルを踏襲することが多く、アイキャッチが多い過激なデザインが主流だったため、胸元にStewartのパッチワークと刺繍を施した“だけ”というのはその実珍しい=物静かな方というのもまた堪りません、この滅茶苦茶キテるレザージャケットはトレヴォーさんにとってシンプルプロダクトなのです。
ユニフォームもまたワークやミリタリーと同じくデザインの教科書の一つ、特に近年においてこのレーサージャケットの世界観に猛烈なモード性を感じるのは私だけではないはず。癖の強いスタイル性もそれを助長します。
New arrival,80s Lee TREVOR racer-style leather jacket.
もう一度言いますがスタイル性、癖が強いです。強い肩と強調されたゆったり感とスポーティーさは時代性と一言では片付けられないバランスで、バイカーカルチャーとアメリカンカルチャーをモードのDNAが根幹に流れるフレンチの哲学で仕上げるという立派な立派なデザインの成り立ちとなっておりますので私はこの癖が詰まりに詰まったスタイル性、猛烈に惹かれますしガタイが良い私が着ても逆にありだと思えるほどの“デザイン”シルエットです。稀にあるんですよ“こんな人に似合うだろうなぁ”という想像が全く浮かばない癖のベクトルって、で、これぞというパーソナリティとマッチした時に“なんでこれが頭に浮かばなかったんだろう”ってこれ以外の答えが存在しないと思えるレベルでしっくりくるんです。その時に出るドーパミン、一回味わうと虜になりますよ。きっとハンターも同じドーパミン出ているんじゃないかって私ずっと思っているんですよね。
SURR 福留
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主にイタリアンカルチャーで時たま出逢えるカシミアを用いたライニング、いつも思います良い意味で狂ってんなぁと。そりゃ軽いだろうし暖かいだろうけど、表地においても特出した贅沢要素であるカシミアを見えない内側に配置するなんて、そのクリエイションへの心意気は狂っているほどに見事で私は大好きです。と言っても簡単に出逢える存在ではないのでいつも新鮮かつ喜ばしい気持ちになれるので今回もそうかな全くもうワクワク と思ったら一味違いました、これに関しては狂っているわけではなく極めて知的で実用的なライニングというか裏地いや表地、裏地表地の一着だったのです。
そう、リバーシブル。ラムレザーサイドとウールカシミアサイドによるリバーシブルなのです。いやー素晴らしい、見事過ぎます。これを設計したのは稀代の天才靴職人,サルヴァトーレ・フェラガモの次男であり現在は会長のレオナルド・フェラガモ氏。イタリアンカルチャーらしい豊かな人生を送ったからこそ気付けて思い浮かべて構築に至れる贅を尽くしたファッションを通じてのライフスタイルの在り方、私は本当に好きです。もしかしたらひょんなタイミングで大金持ちにはなれるのかもしれませんが血縁そのものの金銭環境とは一味違いますし、もちろんお金があるから豊かというわけではありませんが、“え、パンが無いならお菓子食べれば?”であったり“え、職が無いなら城買い取るからそこで働いてもらえば?”といったマインドに素で辿り着くには、それまでの生き方と環境が大きく関わるというもの。そのマインドが良い悪いは人それぞれの判断ですが、少なくとも普通ではない頭が思い描くファッションであったりライフスタイルはやはり面白いと思うのは間違いなく私が普通で凡人だから。
いやレザーとウールカシミアのリバーシブルって格好良いし着易いし、面白過ぎるし素敵過ぎるって。
New arrival,90s Salvatore Ferragamo lamb leather×wool&cashmere coat.
シルエットは少々細目のスタンダードフィット、単体で充分暖かいからそこまで着こむ必要ないんじゃない?というレオナルドさんの感覚が向こう側に透けて見えるようです。またこの一着は良い意味でデザイナーズの世界観には属さない究極的にプレーンな個性でして、だからこそ構築の面白さと素敵さが猛烈に際立ちます。いやいや、レザーとウールカシミアのリバーシブルって、本当に。楽しいの作ってくれちゃってさぁ、もう。
SURR 福留
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Finish”
“なぜならこんな上質かつ頑丈なレザーは現代ではもう作れないし、これ以降の時代になると質は下がっていき80年代以降の革なんて基本〇〇(伏せますね)だし、上質なレザーに触れたかったらハイファッションカルチャーを選ばなくてはいけなくてそうなると物凄く予算が必要だし、ハイファッションとは言えいつの時代もここまでの頑丈さは無い。”
“そしてもうヴィンテージの世界でこの時代の上質で頑丈なレザーは出てこない、今あるだけなんだ。だからもうレザーは終わった(Leather is Finish)んだよ。”
New arrival,50-60s French Goverment Worker Leather Selection
そんな恐ろしい言葉は、かねてから例えばとある一着のフレンチプロダクトがあって100人中100人がそれをAと言ったりネット情報でもAと言っていたとしても彼がBと言うならば私はそれをBと思うくらいに信頼するどころか心の中で勝手に師と仰ぎ、彼が大きな石の指輪を付けている(しかも結婚指輪らしい)おかげで私も大きな石の指輪が欲しくなっちゃう(デコラティヴな装身具 / Diary747)(ちなみにまだ出逢えていません)ような素敵な熟練中の熟練コレクターの口から、上記のレザーたちを目の前に発されました。
もちろんヴィンテージカルチャーに長年属する人物、言ってしまえばヴィンテージ贔屓にならざるを得ない人物の個人的な解釈でありそもそもにおいて上質と頑丈の概念も人それぞれですし、私はこれらフレンチガバメントワーカーのレザーの質と頑丈さのポテンシャルがあまりにも“高過ぎる”だけでそれ以降の様々なカルチャーにも良いレザーは沢山あると思うし、それこそ90年代くらいまでのハイファッションやモードのレザーは現代に通じる繊細なレザーの上質さの中にデイリーウェアとして充分な強さを兼ね備えていると思いますし、80年代の〇〇なレザーが逆に良い逆に格好良いという意見も正しいと思いますが、心の師である彼がいう意見は決して不公平でも言い過ぎでもないと素直に思いました。そうか、レザーは終わったのか。
この話(見識)も今のレザードハマり、いやドドドハマりのきっかけであることは言うまでもありませんし、以降店頭で御客様と交流する際にも高い確率でその見識をお話させて頂いています(〇〇を伏せず)
皆様はどう思われますか、レザーは終わったと思われますか。いずれにせよ私が皆様に対して強く思うのは今お手元にお気に入りのレザーウェアがあったら是非とも一層大切に向き合ってください ということ。それがヴィンテージプロダクトであったら特に特に。
私も手元にあるヴィンテージレザーウェアはフレンチプロダクトではありませんが上記たちと同じく60年代で同じくラムレザーでして長年相棒のような存在で向き合い続けたこともあってしっかりとした着用感なのですが、レザーの風合いというか育ち方が尋常じゃありません。本当に化け物のような格好良さに仕上がってくれているからこそ心の師が言う上質と頑丈さの両立がスッと胸に入ってきたのだと思います。
SURR 福留
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